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日本ではセックスもシェアしていた!?夜這いシステム


かつて日本ではセックスもシェアしていた!?

現代の日本人にとって一夫多妻の制度は、前近代的、野蛮、ふしだら、といった印象につながるものでしょう。社会の発達が遅れている地域にしかないものと思われがちです。そうした考え方は性に対する価値観から生まれるものですが、欧米の個人主義的な思想の影響を受けて広まったもので、わが国の伝統的な価値観ではありません。見方を少し変えれば、一夫多妻も一妻多夫も社会的なニーズに合うものです。

江戸時代の将軍たちが大勢の側室を抱えていたことはよく知られていますが、昭和の初期までは、裕福な男性が「妾」(めかけ)を囲うことは珍しくはありませんでした。妾は「愛人」とは異なり、隠さない存在です。一時のセックスフレンドでもなく長期的に性的関係を持つもので、家を与えるなど経済的にもかなりの投資をしました。子供をもうけることもしばしばあったので、家庭を複数持つイメージと言えば分かりやすいでしょう。

経済的に恵まれている者が大勢の女性を扶養する、という仕組みであって、「助け合い」という面からは理にかなった習慣だったとも言えます。現代は、生活に困窮するシングルマザーが大勢いますが、かつての一夫多妻制度の時代には、そういう問題はあまり起こらなかったと考えられます。社会で支えたからで、その根本には性の共有がありました。

労働も食べ物もセックスも皆で分かち合った!?

古代には、生きていくのにギリギリの農作物しか作れませんでした。天候不順や災害などによって凶作となれば、多くの餓死者が発生したと考えられます。そういう社会では、どうしても助け合うことが重要になります。能力のある者が精一杯働き、成果を皆で分け合う必要があったのです。子供のない家庭は労働力不足になりますので、どの家庭にも跡取りが必要です。

全ての家で子供を作るには、セックスも共有する必要が生まれます。結婚相手が見つからないとか、夫に子種がなく不妊になるとか、(この時代にはバイアグラがないので)夫がEDで性交できないとかいうことのないように、村中の若者全員に性交のチャンスが与えられ、全ての女が、元気な精子を受け取れる仕組みが出来上がります。よく知られる「夜這い」は、そうしたニーズから発生したものです。

身内意識がとても大切だった!?

奉仕の精神は誰もが持てるものではありません。どこかの知らない土地で、知らない誰かが不幸にあったからといって、「助けてあげよう!」と寄付をする人はそれほど多くないでしょう。村社会においてもそれは同じで、ギリギリの生活をしているときには、隣家が餓死しそうになっていても、なかなか助けることはできません。自らが生きていくのにやっとの状態では、他人に救いの手を差しのべることは難しいのです。

村落内に助け合いの精神を育むために最も効果的な方法は、村中が身内になることです。男は村中の女性と寝たことがある、女は村中の男のペニスを受け入れたことがある、という関係ができれば、「他人」がいなくなります。全ての男性が「穴兄弟」であり、全ての女が「サオ姉妹」となるわけです。

イスラム教徒は現在も一夫多妻が一般的ですが、元々は、戦争未亡人を養うための方策でした。モハメッドが困窮する女たちに食事を与えるために次々と結婚したことが起源となっています。マホメットといえども、セックスした女性しか救えなかったのです。

一夫一妻だけが、正しい仕組みとは言い切れないでしょう。少子化が問題となる現代では、一夫多妻も選択肢のひとつなのかも知れません。

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