世界中のセックス大解剖!~大奥のすべて


女性の楽園?大奥のすべて

最近ドラマでも何かと話題の大奥の存在があります。
多くの女性がそこで生活をしていたというのですが、一体どのようなものだったのでしょうか。

そもそも大奥って何?

江戸時代は侍が世を支配していた時代です。統治された世界を表と呼び、将軍の妻達が生活する場のことを奥と呼んでいました。
奥には厳格なルールが存在していましたが、大奥を厳格に統制していたルールが「外部との接触を禁じる」というものでした。 そのため大奥は謎につつまれており、また女性達の争いが絶えなかったともいわれています。 考えるだけでも怖くなってきます。

案外堅苦しい寝泊まり

でも、細かいルールがあったところで女性がたくさんいることには変わりありません。
そこに寝泊まりができた将軍様はさぞかし楽しかったのだろうと思う方もおられるでしょう。 しかしそうは問屋がおろしません。
将軍といっても、大奥に泊まりに行くにはめんどうなことがたくさんあったのです。

例えばお清の方と呼ばれる存在はその最たるものです。
将軍は大奥の中から一夜をともに過ごす女性を指名できたのですが、いざセックスに突入しても監視されていたのです。 監視といっても直接ジロジロ見られているわけではないのですが、隣の部屋でおかしな密約を交わしたりしないか聞き耳を立てていたのです。 意味合いとしては女性が無理なお願いをしたりしないかの監視だったので、将軍のための役目ではありました。 将軍もお清の方の存在は知っていたようですし、邪魔をされることもありません。
だからと言って楽しんでいる隣の部屋で聞き耳を立てている人がいるかと思うとなんだか落ち着いてセックスに興じることもできません。 当然翌日になれば前夜の出来事を報告されてしまいます。
大奥が楽園かといわれるとなんだか違う気もしてきました。
この時代最高の権力者とは言え、女性との一夜を過ごすには相当の苦労があったようです。

大奥の末路

繁栄を極めた江戸の時代も明治維新の波に押されて徐々に衰退していきました。
江戸幕府と尊皇攘夷を掲げる新勢力との戦いは鳥羽伏見の戦いで決着し、幕府方の敗北で終わってしまいます。 最終的には有名な江戸開城の日に同じくして大奥もあっけなく最期を迎えたといわれています。

いくら骨肉の争いが絶えなかったという大奥も、その最期はなんだか物哀しいものがあります。

日本の歴史上、女性の楽園といえば大奥が思い出されます。
実際には厳しい決まりや女性通しの争いが多い、まさに波乱万丈の場所だったようです。

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