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キリスト教が禁欲をひろめた!?


ペニスは膣以外に挿入してはならない、という法律ができた!?

古代ギリシアの人々は性生活を奔放に楽しんでいました。妻ともセックスをするし、娼館にかよって娼婦ともしょっちゅうする。女性を相手にするだけでなく、先生と弟子が男同士で肉体関係を持つ。小さな少年を可愛がり、性の手ほどきをしてあげる。いつもいつも性のことを考えていたために、中には「セックスのことを考えたくないなあ」という人も現れるほどでした。ただ、しばしば戦争が起こり男性は戦死する者もおおかったため、女性に比べて男性の割合が小さかったと考えられます。一人の男性が複数の女性を相手にしないと、バランスが崩れてしまうという事情もあったでしょう。小さな子供に性の手ほどきをするのは、大人になって女性を相手にするときの練習でもあり、また、セックスの喜びを知らないまま若くして戦死してしまわないように、大人になる前から教えておこうという配慮があったのかもしれません。

こうした「早死に」の時代はしだいに変わっていきます。ローマ帝国が成立して社会に安定が訪れると、人々の性に関する貪欲さも一息つくことになります。そんな時に勢力を拡大したのがキリスト教。子作り以外の目的のセックス、つまり快楽だけの性を否定しはじめたのです。そして、ペニスを膣に挿入する以外のセックスは禁止されるにいたりました。

セックスのことばかり考えていたギリシアの哲学者たち

戦争が多く社会が不安定な時代には、人は快楽を求めるようになります。いつ死ぬかわからないという意識を常に持っているために、享楽的になるのでしょう。ソクラテスやプラトンなどの哲学者たちも、性の快楽に酔っていました。いつも「やいたい」という気持ちを抑えられず、妻がいながらも娼館にかよって娼婦を抱いたり、男性とアナルセックスを楽しんだりという生活を繰り返していました。あまりにも毎日性交のことばかり考えて哲学の邪魔になっていると感じていたプラトンは、年をとって自分のペニスが勃たなくなったときに、「これで哲学に集中できる」と安堵したとも言われています。

キリスト教が禁欲をひろめた!?

社会全体が性的欲求に溢れていた時代に登場したのが、キリスト教。淫らな世界に対する反動もあって、キリスト教では性に対して否定的な見方をするようになります。アダムとイブが禁断の実を食べてセックスをしてしまったために、人類は罪深い存在となってしまった。欲望に身をまかせるのはいけないことだ、という考え方を広め始めました。子作りのためにセックスは必要だが、そこに溺れてはいけない。女性は感じてはいけない、乱れてはいけない。あくまでも子作りのための作業に過ぎないのだから、快楽に溺れてはいけないのです。

アダムとイブは人類最初の堕落者なのだから彼らのようになってはいけない。子作り目的以外の射精は神の摂理に反する。したがって、マスターベーションはしてはいけないし、フェラチオできもちよくなってもいけない。アナルセックスは言語道断、ということになっていきました。とうとう、西暦342年には、ローマ皇帝によって、オナニー、フェラチオ、アナルセックスが禁止されることとなりました。

現代においても、国や地域によっては子作り以外の性行為は禁止されています。アメリカでも、州によってはフェラチオや男性同士の成功が法律で禁止されているのです。

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