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亡くなる直前まで性交し続けた!?小林一茶


小林一茶先生に学ぶ死ぬまでセックス!?

近年、「死ぬまでセックス」というような表現が雑誌の表紙を賑わしています。60代以上のシニア世代は、会社もセックスも卒業すると考えられていたのに、後者については「まだまだ現役」と頑張り始める人が現れ始めたのです。 少し前までは、60代で夫婦生活に励むようなカップルは、「エロじじい」「エロばばあ」扱いされましたが、今では、羨ましがられる存在となりつつあります。

シニア世代の多くが、「もっとたくさんセックスしておけばよかったなぁ」とか、「死ぬ前にもう一度だけしたいなぁ」と思ようになりました。昔は、年をとれば自然とセックスから遠ざかりましたが、今は「死ぬまで」と望む人が増えたのです。

女性は機能的にはいくつになっても性交できます。加齢とともに濡れにくくなることはありますが、ローションを使えばスムーズな挿入が可能になりますし、若いときと変わらぬ快感を得ることもできます。人によっては、若いとき以上の快感に溺れる人もいます。男性の場合には、必ずしも簡単ではありません。多くのシニアがEDの問題に直面するからです。その気はあるのに立たないとか、ピストン運動中にしぼんでしまうとかといった事態に心が折れてしまう人も少なくありません。

ただ、そういう状況はバイアグラが助けになります。わずか一粒の青い錠剤がシニアの性生活を救うのです。EDに悩む暇があるなら、専門クリニックに駆け込むべきでしょう。江戸時代の小林一茶のように、「死ぬまでセックス」を堪能できるようになるはずです。

50才の童貞男はやり残したことをやりつくした!?

『痩せ蛙負けるな一茶ここにあり』『やれ打つな蝿が手を擦る足を擦る』などの俳句で知られる小林一茶が、初めて女性を抱いたのは50を過ぎてからのことでした。それまでは、わびさびの世界にどっぷりとつかっていたこともありますが、貧乏暮らしで遊女を買う金もなかったのです。老いてから出身地の長野に移り住むと、地元の人の手配で嫁をもらうことができました。

当時の50才といえば「老人」です。平均寿命は40代だったでしょうから、そろそろ死んでもおかしくない年令で、一茶は童貞から卒業できました。初夜を迎えたときに一茶は人生で一番大事なものに気がつきます。それがセックスの悦びでした。以降は、毎晩何度も何度も、し続けたのです。

尽きることのない性欲と快感!?

一茶は初体験を済ませるとすぐに、2回戦、3回戦、4回戦と立て続けに妻の体にぶちまけます。一晩では発散できなかったものを、翌日にまたぶちまけますが、まだまだ足りません。毎日毎晩妻の体を抱き、また抱いても、飽きることがありません。一茶の性欲は尽きることなく精子も尽きることがありませんでした。

長年俳句を作り続けてきた彼は、自らの性欲と発散の喜びを文に残すことにしたのでしょう。毎晩日記に、その日の性交回数を書き記しました。それによって、江戸時代を代表する俳人の、超人的な精力を知ることができます。多い週には20回、30回としていたのです。

50を越えて初婚だった一茶は妻を3人迎えており、生涯に少なくとも3つの穴を経験しました。亡くなる直前まで性交し続けたといわれています。

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