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戦争の多い時代には、男性間のセックスが流行


戦場でアナルセックスが流行るわけとは?

「体を許す」という言い回しが意味するものは、「心を許す」よりもさらに進んだ状態ではないでしょうか。男と女が引かれ合い気持ちをひとつにした後に、女性の側が体を開き股を開いて男性器を受け入れるのが、「体を許す」。ペニスとヴァギナで結ばれると、特別なつながりが生まれます。肉体には何らか「心」を超越したものか潜んでいるのではないでしょうか。ただ、男女において「体を許す」のは、女の方だけです。挿入する側の男は、心は開いても体は許していません。その意味では、一方通行の感情と言えるのかも知れません。男同士の場合はどうでしょうか?

ペニスをなめあったり、アナルで受け入れあったりすれば、互いに「体を許した」ことになります。相手にエクスタシーに導いてもらうことで、恵みを与えられたと感じられるからなのかも知れませんが、双方が強い感情を持ち合うことになるのです。その点が、異性愛と同性愛のメンタルな面での相違点なのでしょう。同性愛の方が異性愛よりも上位にあるという意味ではありませんが、男同士のセックスには特別な意味がありそうだ、ということです。歴史的に見ると、戦争の多い時代には、男性間のセックスが流行しています。戦場での性欲処理という側面もありますが、命をかけた場面では互いの絆を深め合う必要があったのでしょう。

古代ギリシアでも日本でも兵士はアナルでつながっていた!?

古代ギリシアでは、男同士のセックスが一般的でした。ソクラテスもプラトンもアリストテレスも、皆、アナルでつながりがありました。それが哲学者の性癖というわけではなく、当時の一般的な風潮です。その起源は戦場に向かう兵士たちが、士気を高めるために互いの精子を飲んだり挿入しあったりしたことにあります。アナルでつながることで、信頼を強めたのです。わが国において、戦国時代の武士たちが男色を好んだこととも共通しています。

織田信長が森蘭丸という美少年を側におき、常に「可愛がって」いたことはよく知られていますが、前田利家などとも性交しています。下克上の時代には家臣すら信用できなかったため、肉体的なつながりによって、心を許せる相手としていたのでしょう。敵味方が簡単に入れ替わる時代においてすら、アナルの絆は大切にされていたのです。

ゲイとは少し異なっている!?

男性同士が性交したからといって、必ずしもゲイであるとは言えません。戦時における男と男の体のつながりは、主に相手は少年です。つまり、少年愛の形態をとっていました。男が好き、なのではなく、少年に手解きすることが好き、なのです。いわば、若い世代に対する洗脳といった意味合いで行われていました。十代の前半で初めての性的体験が大人の男のモノを受け入れることで、その経験によって、生涯にわたってそのペニスを愛し続けるようになります。

戦士たちの少年愛には、マインドコントロールという目的が含まれていたのです。戦国時代には大名の子どもは人質に差し出されるのが一般的でした。徳川家康も今川家に出されています。ただ、家康は途中で織田家に拉致され、織田の人質とされてしまいました。織田家の誰かしらに、性的な指導を受けた可能性があります。家康が織田信長を裏切らなかった背景には、アナル初体験が影響していたのかも知れません。

命をかけた戦いに臨む者たちには、特別なつながりがあったと考えられます。その絆の根本にあるのは男同士の性的な関係だったのでしょう。

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